得するということ。

同じものなら少しでも安く手に入れるほうがトク。これまでずうっとそう思ってきた。でも本当にそうだったのか?もしそうなら、自分はトクするけど相手は損をすることになる。いつもそんな行動を取っていると、トクをしたつもりがふと気づけば、損をしていて暗い目をした人たちに囲まれて生きることになる。つまりは友達のいない世界を生きることになる。
 それで自分は本当に幸せになれるのか?
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「手」

「手」
ボルトのように、早くは走れない
タイソンのように、剛腕パンチも打てない

でも神様は、私に、無骨な手をくださった。
薄い生地のピザを作ることができる
心を込めた、一杯のドリップコーヒーをたてることができる

植物を育て、花を咲かせ、実を収穫し、ジャムを作ることができる。

ピアノを奏で、ギターを爪弾き、ドラムを打ち鳴らすことができる。

そして、「手」は、愛するあなたの、手のぬくもりを確かめることができる。

フクシマ

広島を「ヒロシマ」と書いたり、「長崎」を「ナガサキ」と書いたり。世の新聞、雑誌は、そんなふうに表現する。
最近は、福島も「フクシマ」って書かれる。なぜなんだろう。おかしくないか!
「ヒロシマ」「ナガサキ」「フクシマ」「チェルノブイリ」「スリーマイル」
みんな、放射能で、汚染された都市という意味か!
「福島」はあくまでも「福島」だ!!

人というものは

人というものは

人は歩く、山を越え、川を渡り、ただひらすらに、人は歩く
人は泣く。うれしくて泣き、悲しくて泣き、寂しくて泣き、絶望に泣き、希望に泣く。
人は語る。愛を語る。真理を語る。そして永遠を語る。
人は飛ぶ。夢に飛ぶ。海に飛ぶ。空に飛ぶ。
人は、走る。追われて走る。追って走る。いたたまれずに走る。
人は叫ぶ。闇に叫ぶ。天に叫ぶ。月に叫ぶ。
人というものは、歩いて、泣いて、語って、飛んで、走って、そして叫ぶものなのだ。
叫んだあとで、いなくなってしまう、そういうものなのだ。

生きるということは

生きるということは
毎日を生きるということ
朝、目覚めるということ、
夜、眠りにつくということ
毎週を生きるということ
月曜日に、仕事に挑むということ
日曜日に、安息を得るということ
毎月を生きるということ
1日に、ダッシュして、
31日に、さらに追い込むということ
四季を生きるということ
春に生命の躍動を頂き
冬に生命の永遠を感じるということ
1年を生きるということ
お正月に、意気込みを語り
大晦日に、抱負と反省、希望と後悔に思いを馳せるということ。
プロフィール

小嶋 博

Author:小嶋 博
郡山市中町6-14
024-931-2036

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